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インタビュー for スパピープル

vol.17
吉川千明 株式会社パスカルコミュニケイションズ代表
〜女性が健康で美しく生きるサポートをしたい〜(1)

今回はあのジュリークを日本に広めた立役者、株式会社パスカルコミュニケイションズ代表、吉川千明さんです。
吉川さんはジュリークに惚れ込み、1997年、当時日本では全く無名だったジュリークのショップを青山にオープン。吉川さんの情熱でジュリークは日本でも大人気ブランドに成長しました。2003年は漢方薬のすばらしさにも気づき、銀座に女性専用の漢方薬局「若草漢方薬局」を開店します。常に女性の健康と美を応援するお仕事をなさっている吉川さんの、さまざまな事業の根底にある思いについてうかがいました。

人をきれいにすることで健康にするのがわたしらしい仕事

― ジュリークショップ、ビオ・パスカル、若草漢方薬局など都内にいくつものサロンと漢方薬局を主宰されています。サロンを始められたきっかけを教えてください。

1991年、株式会社パスカルコミュニケイションズをつくりました。主人がカメラマンだということもあり、当初はフォトグラファー、スタイリスト、ヘアメイク、デザイナーなどを抱える会社としてスタートしました。フリーランスの若いクリエイターたちのサポートをするために会社をつくったのです。業務の一環としてロケバスもやっていたのですが、バスって足でしょ。パスカルの「人間は考える葦である」という言葉とかけて、パスカルコミュニケイションズという名前をつけました。

― 広告のお仕事をされていたので「コミュニケイションズ」なんですね。

それまでは企業の中で教育をするセクションにいたり、自分でも研修のトレーニングをしたりしていました。その後トレーナーとして独立した頃、結婚・出産でしばらく仕事しない時期があり、時間に余裕があったので今後何をしていこうかと考えながら、いろいろなセミナーに足を運んでいました。

結局、わたしはコスメオタクというほど美容が大好きだったので、美容をやっていこうと決めました。美容といっても、ビューティと健康は切り離せないし、美容をつきつめていくと身体の中からなので、人をきれいにすることで健康にすることがわたしらしいと思ったのです。

当時はまだスパなんてなくて、でもパソコンはあったので、パソコンを使って仕事をしているとすごく肩が凝るのですが、整骨院とか鍼灸院には女性はなかなかいけない時代でした。電話帳でいちばん怪しくなさそうなところ、例えば超高層ビルに入っているようなところを探して、恐々行っていました。そんな時代でした。

たまたま知り合いでエステの道に進んだ方がいらしたので相談したら、サロンをやるんだったらシデスコというインターナショナルのライセンスがあるので、きちん基礎的な勉強をして資格をとってからはじめたほうがいいですよ、とアドバイスをしてくれました。

そこで滝川エステティック学院で勉強し、さらに3年の勉強と実地体験を経てシデスコの資格をとりました。授業は厳しかったですが、この時の勉強が非常に役にたちました。滝川エステティック学院は業界最大手だったので、皮膚科学、生理解剖など、とてもいい教師陣が揃っていました。栄養学は本多京子さんという、当時巨人軍の栄養管理師だった先生がいらっしゃったのですが、本多先生の授業の中で、初めてアロマテラピーと出会いました。

香りでやせる、ストレスなどを癒せると聞いてびっくりしました。当時はまだ精油なんてどこにも売ってなかった頃の話です。それから、アロマテラピーの勉強をしだしたのです。本やセミナーなどありとあらゆるもので勉強しました。

また滝川エステティック学院はタラソテラピーに力を入れていました。タラソテラピーって、今では普通にどこでも聞きますが、その時初めて「フランスでは昔は病気治療に用いていたタラソテラピーを最近は美容やストレスケアに使っている」と聞いて、自然療法にすごく興味をもちました。

その頃わたしはいろいろ化粧品を使ったあげく肌をぼろぼろにしてしまい、無香料、無着色しか信じていなかったのですが、美容を勉強する中で、ハーブがミックスされ、香りがついている化粧品も体験し、それまで「色はいけない、香りはいけない」と信じていたものが完全にひっくりかえってしまいました。悪いどころか、こんなに身体にいいものがあるとわかって、植物にも興味をもちはじめました。

学校を卒業してからは、子どもがいたため海外に修行に行くわけにいかなかったので、いい先生がいると聞くと教えてもらいに行ったり、セミナーを仕立ててもらったり、自分のサロンにお招きして勉強したりしました。学校卒業後すぐサロンをオープンしたのですが、みなさんに助けられてきたなと思います。

― 今もご自身でセラピーをされるのですか?

自分がトリートメントをすると絶対に!相手が元気になるような気がするので、セラピーをするのは本当に大好きですが、今はほとんどしません。特別な時だけですね。ただ、自分のサロンのセラピストの技術チェックは今も私がしています。

絶対に伸びると確信して、ジュリークをPR

― ジュリークとの出会いを教えてください。

主人がアデレードに撮影に行った際、コーディネーターの方にお土産に何を買ったらいいか訊ねたところ、勧められたのがジュリークだったのです。

一方、時を同じくしてセミナーで出会ったお友だちにジュリークを勧められました。そのお友だちが送ってくれたセットを、説明書をしっかり読みながら、クレンジングから全部やってみたら、その場で肌が変わっちゃったんです。すごくびっくりしました。顔色がよくなって、肌がすごくいい感じになって、その場できれいになっちゃったの。こんな肌見たことないっていうような肌になりました。
だから、たまたま主人が持ってきたものと友だちに勧められたものが一致した、というのがジュリークとの最初の出会いです。

その時ジュリークはもう日本に輸入されていましたので、サロンで使うことにしました。当時さまざまな業務用の商材を使っていたのですが、わたしの肌は敏感だったので、中には使えないものもたくさんありました。自分に使えないものはお客さまにも使えないので、サロンの中に封を切ってない化粧品が山ほど残っていたんです。

それらの業務用の化粧品に比べて、ジュリークは値段もとても高価でした。でも最後の一滴まで使い切れるのです。高いけど最後の一滴まで惜しんで使うものと、安いけど、結局使わないもの、精神的にも経済的にも、わたしのハートにあっているのはどちらだろうと考えたときに、高いけど安心して使えて、最後まで使いきれるジュリークを選びました。

当時ジュリークはまだほとんど知られていなくて、デパートでも売っていなし、雑誌などにも取り上げられない。でもわたしは、ジュリークは絶対にいいと確信して、ちゃんとPRしたらきっと伸びていくと思いました。

ジュリークは本国ではコンセプトショップで展開されていましたが、日本にはショップがありませんでした。わたしは輸入元ではなかったのですが、PRを引き受けますと言って、輸入元、本国の許可を取って、世界で17番目のジュリークショップを日本に作ったのです。

その頃オーガニックなんて言っても誰も知らないし、オーストラリア産なんて安物のイメージもありました。半年やってだめだったら辞めればいい、ということでスタートしました。でも心の中では「絶対につぶさない」と思ってましたけど(笑)。ジュリークを信じて、どうせやるんだったら純粋培養したいと思いました。ガラス張りの、誰でも気軽に立ち寄れるサロンで、本当にいいものを広めたいと思ったのです。

― ジュリークを日本に広めたのは吉川さんの功績だと思います。

それはそうだと思います(笑)。蛮勇だったけれど、オーガニックも広まっていない時代によくやったなと思います。勢いでやったのね。きっと(笑)。

最初の2ヶ月は、お客さんが全然来ませんでした。知る人ぞ知るというけど、ほんとに誰も知らないから、前を通っても1人も入って来ない。最初のお客さまはアデレードから来た留学生でした。それからカンタスのエアラインの方たちが来てくださった。初めのうちは本国で知っている方だけが来てくださいました。

ありがたいことに、広告の仕事をしていた頃から知り合いの編集者たちが応援してくれて、取材してくれましたので、雑誌に掲載されてからは、ようやくお客さまが来てくださるようになりました。使ったお客さまは良さがわかるので、オープンから半年後には今と同じくらいの売り上げになったんです。

この化粧品は絶対いける、という直感があったので、それを信じて手作りでやってきました。マニュアルもないので、本国に何度も問い合わせ、トレーニングも独自でやりました。ジュリークに関する10年はわたしにとっては子育てと一緒です。子どもみたいなものなので、いつもどうしたらもっと知ってもらえるだろうか、どんな言葉で表現したら伝わるだろうかと考えながらつくってきました。

豊かさはそのままに、安定性が加わった新しいジュリーク

― ジュリークは最近リニューアルしましたね。

創業者の博士のコンセプトをベースにしながら、新しい風を入れて新体制になりました。実はリニューアルについては、わたしは懐疑的でした。ここ数年、ジュリークは世界中で売れ出したのですが、とても手間のかかるブランドですし、3倍売れたら農場も3倍にならなければならないのですが、そんなことが出来るんだろうか?と、とても心配だったのです。

ところが、製品はどれも格段に品質があがっていて、以前の豊かさはそのままに、安定性が加わりました。以前は自然のものなので、だれちゃったり、安定しない製品もたまにあったのですが、そういう弱点を強みに変えて、自然のものなのに、防腐効果もしっかりあって、アンチエイジング効果があるような防腐剤を発見するなど、製品自体がすごく良くなりました。また、博士がやってきたものをしっかりとベースにしながらも、肌別にラインナップするなど、消費者が使いやすいようにリニューアルされました。かなりよくなったと思います。

なによりもすごいのは、農場が10倍になったことです。わたしは何回も農場を見ているのですが、すごく大変な農業をしているのです。機械も入れないし、農薬も使わない。カットした植物の残りをすきこんで、堆肥を作っている。除草剤もまかずに豆の殻のような固い乾燥したものをたくさん撒いて、陽が当たらないようにして雑草が生えるのを防いだり、化粧品に使うバラを1本育てるためにその隣には必ずニンニクを植えて虫がつかないようにしたり。その大変さを知っていたからこそ心配したのですが、農場も整備されていて、本気でやっているのがわかりました。

今回のリニューアルで参加している新しいスタッフの中には、自分たちの技術を自然のもの、天然のもの、オーガニックに使いたいというマスブランドにいた方たちがたくさん集まってきています。研究者だけでなく、PRや、販促の人たちもマスから集まってきて、のびのびと仕事をしています。若い力でさまざまなことを乗り越えて、大きく改革されたようです。

― パッケージが以前のドイツっぽい質実剛健な感じから、やわらかいイメージのものに変わったのが印象的でした。

これはビジネス全般に言えることだと思いますが、頑固に信念を貫くことは悪いことではないのですが、いくらよいものでも、押し付けてはだめだと思います。化粧品もこちらから歩みよって行かないと広がっていかないので、そういう意味ではとてもなじみやすいパッケージになったと思います。

わたしはオーガニックという考え方はすばらしいことだと思います。農薬は畑で働く人にもよくないし、世界的になんでもかんでも大量生産するのではなく、自然の摂理に従っていかないと危ない、ということにだんだんみんな気づきはじめたので、ジュリークに限らず、オーガニックがどんどん広がっていくのはいいことだと思います。堅苦しくなく、もっとオーガニックがカジュアルになって、みんなに好かれていくといいなと思います。

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